旭川地方裁判所 昭和45年(行ウ)1号 判決 1971年4月07日
原告 竹田常次郎
被告 中富良野町長
主文
一、被告が原告に対し、別紙目録第一記載の土地について、昭和四五年三月二四日付差押書をもつてなした使用収益の禁止処分を取消す。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の各負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
(原告)
一、被告が原告に対し、別紙目録第一記載の土地について、昭和四五年三月二四日付差押書をもつてなした差押処分および使用収益の禁止処分を取消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
(被告)
一、本案前の裁判
(一) 原告の訴を却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
二、本案の裁判
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二、当事者の主張
(原告の請求原因)
一、被告は原告に対し、昭和四五年三月二四日付差押書(以下、本件差押書と略称する。)をもつて、別表記載の徴収金に係る滞納処分として原告所有の別紙目録第一記載の土地(以下、第一土地と略称する。)を差押えた(以下、本件差押と略称する。)うえ、右土地に対する原告の使用および収益を禁止する処分(以下、本件使用収益禁止処分と略称する。)をした。
二、本件差押は、次の各事由により取消されるべきである。
(一) 地方税法一七条の二および同条の四違反
1、原告は、空知郡中富良野村(ただし、同村は昭和三九年五月一日町制を施行した。)の昭和三五ないし三八年度の村民税について、中富良野村長の賦課決定に基づき、昭和三五年度は二万一、五四〇円、同三六年度は三万二、六四〇円、同三七年度は一万四、二五〇円、同三八年度は二万四、一三〇円をそれぞれ法定の納期限内に同村に納付した。
2、しかし、右各賦課決定は次の理由により当然無効である。
すなわち、中富良野村長は、昭和三五ないし三八年度の村民税の賦課にあたり、原告を含む同村の農業所得者中水稲耕作者約九〇〇名について、所得税の確定申告の所得の計算方法によらず、所得税の確定申告で認められた必要経費のうち雇人費については一律に昭和三五、三六年度はその全額を、昭和三七、三八年度は反当り二、〇〇〇円を超える部分をそれぞれ否認し、土地改良費については右各年度とも水利費以外の客土、暗きよの経費を一律に全額否認し、所得者の異なる条件を無視して課税所得金額を増額し、一方、給与所得者約四〇〇名全員について、法定の所得控除によらずに一律に昭和三五年度は三八パーセント、同三六、三七年度は三七パーセント、同三八年度は三九パーセントの所得控除をして課税所得金額を減額したうえ、それぞれ村民税の賦課徴収をした。
このような課税方法は、地方税法三一六条所定の方法に該当するから、それによる場合、同条所定の自治大臣(自治庁長官)の許可を要するところ、中富良野村は右許可を得ておらず、右課税方法に基づき原告に対してなされた前記村民税の各賦課決定は当然無効である。
3、したがつて、原告が前記無効な賦課決定に基づき納付した金額合計九万二、五六〇円は誤納金であるから、被告は、地方税法一七条の二および同条の四に基づき、原告につき納付すべきこととなつた中富良野町の徴収金があるときは、右誤納金およびそれに対する納付の日から昭和三八年三月三一日までは一〇〇円につき一日三銭、それ以降充当日の前日までは一〇〇円につき一日二銭の各割合による還付加算金を右徴収金に充当すべきところ、被告は、原告が納付すべきこととなつた別表記載の中富良野町の徴収金について、それらを充当することなく、充当前の徴収金額を滞納金額として本件差押に及んだ。
4、右のとおり、本件差押は地方税法一七条の二および同条の四に違反するから、取消されるべきである。
(二) 超過差押
1、本件差押に係る原告の滞納金額は、前記のとおり別表記載の徴収金額合計五三万八、三二〇円から前記誤納金額および還付加算金額を差し引いた残額となるべきところ、第一土地の時価は反当り二五万円以上で、総額七三〇万円以上と算定される。それに加えて、前記のとおり本件差押に付随して使用収益の禁止処分がなされているから、国税徴収法五二条一項本文により、本件差押の効力は第一土地から生ずる天然果実に及ぶが、右土地は水田で、そこから年間時価にして二〇〇万円以上の米の生産がある。
したがつて、本件差押の効力の及ぶ財産の価額は九三〇万円以上であるが、第一土地には地方税法上前記徴収金に優先する債権もしくは抵当権等担保権の設定はなく、本件差押財産の価額は、原告の滞納金額を著しく超過する。
なお、第一土地を仮に公売に付した場合、原告と同居する長男乕吉が実質上の水稲耕作者であるから、第一順位の競買参加資格者であり、仮に公売となれば、原告の長男が買受人となることは疑いの余地がなく、右土地の価額の算定にあたり、公売の際に買受人がなかつた場合の国の買い取り価額につき規定した農地法三四条の適用を考慮すべきでなく、また差押不動産の価額は、固定資産税の評価額によつてではなく、実際の売買価格によつて算定されるべきものである。
2、ところで、原告は、本件土地のほかに別紙目録第二記載の土地(以下、第二土地と略称する。)を所有しており、右土地には、別表記載の徴収金の納期限前に元本極度額一八〇万円とする根抵当権設定登記がなされているが、右土地の時価は反当り二五万円以上であり、他に地方税法上右徴収金に優先する債権もしくは抵当権等担保権の設定はないから、右土地は差押財産として二七〇万円以上の価値を有する。
原告は、そのほか差押に適した財産として、富良野信用金庫に対し七二万五、八八五円の定期預金債権(中富良野支店扱い)および出資額一〇万円の持分を有しているほか、中富良野農業協同組合に対し出資額二二万五、〇〇〇円の持分を有している。
3、このように原告は、第一土地のほかにそれよりも差押えに適した不動産、債権等の財産を有しているにもかかわらず、被告は、地方税法上認められた財産の調査権の行使を怠り、差押えるべき財産の選択を誤まつて前記のとおり原告の滞納金額を著しく超過する価額の第一土地を差押えた。
したがつて、本件差押は、国税徴収法四八条一項に違反してなされた超過差押であるから、取消されるべきである。
(三) 滞納金の弁済供託による消滅
1、原告は、中富良野町に対し昭和四五年一〇月二一日四八万六、三三〇円を本件差押に係る滞納金のうち昭和四〇年度二期分から昭和四四年度二期分までの道町民税、固定資産税、国民健康保険税として(したがつて、右滞納金の延滞金としてではなく)中富良野農業協同組合における中富良野町の預金口座に振替送金して提供したところ、同月二三日被告は受領を拒絶し、原告に右金員を返還したので、原告は同月二八日旭川地方法務局に被告を供託物の還付を請求する者として前記滞納金四八万六、三三〇円を弁済供託した。
2、しかして、本件差押に係る滞納金のうち、昭和四〇年度二期分から昭和四四年度二期分までの滞納金は右弁済供託により消滅し、またその余の滞納金は前記のとおり誤納金によつて充当されるべきであるから、本件差押に係る滞納金はすべて消滅した。
したがつて、本件差押は取消されるべきである。
三、本件使用収益禁止処分は、次の事由により取消されるべきである。
本件使用収益禁止処分は、本件差押に付随する処分であるから、右差押処分が前記各事由により取消を免れない以上、右使用収益禁止処分も当然取消されるべきものであるが、仮に本件差押に取消事由が存しないとしても、本件使用収益禁止処分は、差押不動産の使用および収益を制限する場合の要件を規定した国税徴収法六九条一項但し書所定の要件が存在しないにもかかわらずなされたものであり、違法であるから取消されるべきである。
四、よつて、原告は、本件差押および本件使用収益禁止処分の各取消を求める。
(被告の本案前の抗弁)
地方税法一九条の一二によれば、同法一九条に規定する処分の取消の訴は、当該処分についての異議申立または審査請求に対する決定または裁決を経た後でなければ提起することができない旨規定され、同法一九条に規定する処分の中には、その二号において地方団体の徴収金に関する滞納処分が含まれている。
ところで、本件差押の取消を求める訴のうち、超過差押を理由にその取消を求める部分は、地方団体の徴収金に関する滞納処分の取消の訴であるが、原告は本件差押について超過差押を理由に異議申立をすることなく訴を提起したから、超過差押を理由とする右の訴は不適法である。
(本案前の抗弁に対する原告の答弁)
原告は、昭和四五年三月二七日被告に対し本件差押について異議の申立をなし、被告は、同年四月八日右異議の申立を棄却する旨の決定をした。
そこで原告は、同月九日本訴提起に及んだものであるから、本件訴はすべて適法である。
(請求原因に対する被告の答弁)
一、請求原因一項について
被告が原告に対し、昭和四五年三月二四日付差押書をもつて、別表記載の徴収金に係る滞納処分として、原告所有の第一土地を差押えたことは認めるが、その余の事実は否認する。
二、同二項について
(一) 同項(一)について
1記載の事実は、金額の点を除き認めるが、2ないし4記載の主張は争う。
中富良野村長が原告に対してなした昭和三五年ないし三八年度の村民税の賦課決定は、いずれも地方税法三一五条一号所定の所得の計算方法によつており、同法三一六条所定の方法によつていない。
仮に、前記各賦課決定における所得の計算方法が同法三一六条所定の方法に該当するとしても、一般に行政処分は権限ある行政庁または裁判所によつて取消されない限り有効であるから、前記各賦課決定は当然無効とはいえない。
したがつて、原告主張の誤納金は存在しない。
(二) 同項(二)について
1、1記載の事実のうち、第一土地が水田であることは認めるが、その余の事実は否認する。
第一土地は水田であるが、一般に滞納処分として農地を差押えた場合、当該差押財産の価額は農地法三四条一項の適用措置を考慮のうえ決せられるべきである。すなわち、滞納処分により公売に付された農地について買受人がない場合のあり得ることは通常予測し得るところであるから、徴税吏員としてはその場合における当該農地の処分価額を考慮のうえ差押に及ぶべきことは当然であるところ、農地法三四条一項によれば、滞納処分により公売に付された農地について買受人がない場合に、滞納処分を行う行政庁が、農林大臣に対し、国がその土地を同法一二条一項の政令で定めるところにより算出した額で買い取るべき旨の申出をしたときは、農林大臣は、原則としてその行政庁に対し、その土地を買い取る旨を申し入れなければならない旨規定され、右にいう同法一二条一項の政令で定めるところにより算出した額とは、農地法施行令二条によれば、同法二一条一項の規定による小作料の最高額が定められている農地にあつては、その小作料の最高額に一一を、同項の規定による小作料の最高額が定められていない農地にあつては近傍類似の農地の同項の規定による小作料の最高額に相当する額に一一を乗じて算出した額である旨規定されている。
そこで第一土地について、中富良野町農業委員会が認定した右土地と近傍類似の農地の農地法二一条一項の規定による小作料の最高額に相当する額に一一を乗じて第一土地の価額を算出すると、一三五万八、五九三円となる。
そうすると、第一土地の価額は、本件差押に係る滞納金額を著しく超過していない。
2、2記載の事実のうち、原告が第一土地のほかに第二土地を所有していることおよび右土地に別表記載の徴収金の納期限前に元本極度額を一八〇万円とする根抵当権設定登記がなされていることは認めるが、原告が富良野信用金庫に対し、七二万五、八八五円の定期預金債権および出資額一〇万円の持分を有していることおよび中富良野農業協同組合に対し、出資額二二万五、〇〇〇円の持分を有していることを除くその余の事実は否認する。
3、3記載の主張は争う。
原告は被告が差押えるべき財産の選択を誤まつた旨主張するが、滞納処分に当り滞納者のいかなる財産を差押えるべきかは差押禁止財産の場合を除き原則として徴税吏員の裁量に属する。
そして、被告が差押財産として第二土地でなく第一土地を選択した事情は、第二土地には昭和三九年一二月九日根抵当権者中富良野農業協同組合、債務者原告元本極度額一八〇万円とする根抵当権設定登記がなされ、次いで昭和四四年一二月八日右根抵当権の元本極度額を六三〇万円に変更する旨の根抵当権変更登記がなされていたため、国税徴収法四九条に則り差押財産の選択に当つて右第三者の権利を尊重したからにほかならず、その選択に誤まりはない。
さらに原告主張の富良野信用金庫に対する定期預金債権については、被告は本件差押当時その存在を知らず、また現行法令上徴税吏員に滞納者のあらゆる財産を調査のうえ差押処分をなすべきことを命ずる規定は存しない。それのみか原告と同金庫との間における信用金庫約定書によれば相殺予約の特約が結ばれているから、右債権が第一土地よりも差押に適しているとはいえない。
以上のとおり、本件差押において、差押財産の選択の誤まりはなく、また前記のとおり第一土地の価額は本件差押に係る滞納金額を著しく超過していないから、本件差押は国税徴収法四八条一項に違反しない。
(三) 同項(三)について
1記載の事実は認めるが、2記載の主張は争う。
地方税法一四条の五によれば、地方税の督促手数料、延滞金は地方税に先立つて徴収する旨規定されているところ、原告は、自ら主張するとおり四八万六、三三〇円を本件差押にかかる滞納金のうち昭和四〇年度二期分から昭和四四年度二期分までの地方税に全額充当すべきことを求めて提供した。そこで、被告としては、それを延滞金への充当に先立つて提供の趣旨どおり地方税に充当することは前記規定に違反するため、その受領を拒絶したものであつて、原告の右提供は債務の本旨に従つた提供ではなく、被告の受領拒絶は正当であるから、弁済供託の効力は発生しない。
三、同三項について
争う。
第三、証拠<省略>
理由
第一、被告の本案前の抗弁に対する判断
地方税法一九条の一二によれば、同法一九条に規定する処分の取消の訴は、当該処分についての異議申立または審査請求に対する決定または裁決を経た後でなければ提起することができない旨規定され、同法一九条に規定する処分の中には、その二号において地方団体の徴収金に関する滞納処分が含まれている。
ところで、原告の本件訴は、地方団体の徴収金に関する滞納処分の取消の訴および右滞納処分に付随してなされる差押不動産の使用収益禁止処分の取消の訴であるが、成立に争いのない甲第八ないし第一〇号証によれば、原告は、昭和四五年三月二七日被告に対し本件差押について異議の申立をなし、被告は同年四月八日右異議の申立を棄却する旨の決定をしたことが認められる。
それによれば、本件差押の取消を求める訴は、地方税法一九条の一二所定の異議申立前置の手続を適法に経由していると認められ、また本件使用収益禁止処分の取消を求める訴についても、差押不動産の使用収益禁止処分は当該差押に付随してなされるものであることに鑑みれば、原告が右のとおり本件差押について異議申立の手続を経由したことにより、同法一九条の一二所定の異議申立前置の要件は充たされていると解すべきである。
被告は、前認定の異議申立において、原告が不服の要点として超過差押を事由にしていないから、本件差押の取消を求める訴のうち、超過差押を理由にその取消を求める部分は異議申立を経ない不適法なものであると主張するが、一般に行政処分の取消を求める訴において取消事由ごとに訴訟物が別個になると解すべきでないこと、ならびに地方税法一九条の一二が異議申立前置を求めている趣旨は、当該処分について処分行政庁または審査行政庁に対し行政行為の合法性、合目的性の審査を期待し、再度の考案の機会を与えることにあると解されるところ、前認定の異議の申立により被告には本件差押の瑕疵の有無について再度の考案の機会が与えられていることに鑑みれば、被告の右主張は理由がない。
第二、本案に対する判断
一、被告が原告に対し、昭和四五年三月二四日付差押書をもつて、別表記載の徴収金に係る滞納処分として、原告所有の第一土地を差押えたことは、当事者間に争いがない。
二、本件差押の取消事由の有無について検討する。
(一) 地方税法一七条の二および同条の四違反について
原告は、本件差押が誤納金およびそれに対する還付加算金の充当につき規定した地方税法一七条の二および同条の四に違反することを理由にその取消を主張する。
そこで、仮に原告主張のとおり原告が中富良野町に対して誤納金九万二、五六〇円を有し、それと還付加算金が本件差押に係る別表記載の徴収金に充当されるべきであるとして、充当されるべき還付加算金額について検討するに、その算出の基礎となる誤納金の納付日および過誤納金を徴収金に充当するに適する日についての証明がないから、これを正確に計算することができないが、計算の便宜上昭和三五ないし三八年度の各誤納金がそれぞれ昭和三五ないし三八年の三月二四日に納付されたものとして(実際の村民税の納期が三月二四日以降であることは地方税法三二〇条の規定および経験則に照らして明らかである。)、各納付日の翌日から(還付加算金の計算の起算日につき、地方税法一七条の四、一項――昭和三四年法律第一四九号および昭和四四年法律第一六号付則三条但し書参照)本件差押がなされた昭和四五年三月二四日までの期間について(本来、還付加算金を付すべき期間は地方税法一七条の四、一項によれば充当をするに適することとなつた日までであるが、ここでは計算の便宜上それより後の本件差押日までとする。)、昭和三八年九月三〇日までは一〇〇円につき一日三銭の割合、昭和三八年一〇月一日から本件差押日である昭和四五年三月二四日までは一〇〇円につき一日二銭の割合で(昭和三八年一〇月一日施行の同年法律第八〇号により改正された地方税法一七条の四、一項参照)還付加算金額を算出すると、その合計額は五万七、九〇〇円となる(合計前の各誤納金に対する還付加算金額につき一〇〇円未満切り捨て)。
そして、還付加算金額を正確に計算すれば、五万七、九〇〇円よりはるかに少額となることは右金額計算に際し説示したところから自ずと明らかであるが、仮に前記誤納金九万二、五六〇円に対する還付加算金が五万七、九〇〇円であるとして、右誤納金と還付加算金を合算した一五万〇、四六〇円を原告主張のように本件差押に係る別表記載の徴収金五三万八、三二〇円に充当したとしても、差引き三八万七、八六〇円が原告の納付すべき滞納金として残存する。
ところで、本件差押のごとく、複数の租税債権の滞納処分としてなされた差押処分は、各租税債権ごとに複数の差押処分が競合するものではなく、差押処分は一個であり、したがつて差押処分に係る複数の租税債権の一部に金額の誤まりがあり、あるいは一部が存在しなかつたとしても、そのことから直ちに当該差押処分の効力に消長を来たすものではなく、ただその場合、当該差押処分は正当な金額の滞納金についてなされたものとして差押財産との関係で超過差押になるか否かの問題となるに過ぎないと解すべきである。
そうすると、原告主張のごとく仮に被告が本件差押に係る別表記載の徴収金について誤納金および還付加算金の充当を怠り、充当前の徴収金額を滞納金額として本件差押に及んだとしても、そのことのみから直ちに本件差押の効力が左右されるものではなく、原告の地方税法一七条の二および同条の四違反の主張は理由がない。
(二) 超過差押について
1、まず、超過差押か否かの判断の基準となるべき原告の滞納金額についてみるに、仮に原告主張のとおり別表記載の徴収金からその主張する誤納金および還付加算金を差し引いた残額が超過差押の判断の基準になるべきであるとしても、その金額は前認定のとおり三八万七、八六〇円を下らない。
2、次に、第一土地の価額について検討しよう。
第一土地が水田であることは当事者間に争いがなく、また地方税法三三一条六項、四一条一項、三七三条七項、四五九条六項、七二八条七項の各規定により別表記載の徴収金に係る滞納処分は、原則として国税徴収法に規定する滞納処分の例によるべきところ、農地の公売の特例につき規定した農地法三四条一項によれば、国税徴収法による滞納処分(その他の法令により同法の滞納処分の例による場合を含む。)により公売に付された農地について買受人がない場合に、滞納処分を行う行政庁が農林大臣に対し、国がその土地を同法一二条一項の政令で定めるところにより算出した額で買い取るべき旨の申出をしたときは、農林大臣は、原則としてその行政庁に対し、その土地を買い取る旨を申し入れなければならない旨規定され、右にいう同法一二条一項の政令で定めるところにより算出した額とは、本件差押当時施行されていた農地法施行令二条一項(昭和四五年政令第二五五号による改正前の規定)によれば、同法二一条一項の規定による小作料の最高額が定められている農地にあつては、その小作料の最高額に一一を、同項の規定による小作料の最高額が定められていない農地にあつては近傍類似の農地の同項の規定による小作料の最高額に相当する額に一一を乗じて算出した額である旨規定されている。
ところで、超過差押の判断の基準となるべき差押財産の価額は、通常予想されるその財産の処分価額であると解すべきところ、滞納処分として公売に付した農地について、買受人となり得る者の資格が制限されている等の事情により、買受人のない場合のあり得ることは予測するに難くない(農地法三四条はそのような場合が通常あり得ることを当然の前提とした規定である。)から、租税債権実現の確実性の見地から徴税吏員がその場合における当該農地の処分価額を考慮のうえ差押に及ぶことは、相当として首肯せざるを得ない。
そうであるとすれば、農地についての滞納処分の場合、超過差押の判断の基準となるべき当該農地の価額を被告主張のとおり農地法三四条一項所定の買受人がない場合における国の買い取り価額すなわち同法一二条一項の政令で定めるところにより算出した額で決することは不合理とはいえない。
そこで、第一土地につき、その価額を農地法一二条一項の政令で定めるところにより算出するに、成立に争いのない乙第七号証および証人池田善治の証言(第二回)によれば、第一土地は同法二一条一項の規定による小作料の最高額が定められていない農地であつて、近傍類似の農地の同項の規定による小作料の最高額は一〇アール当り四、二三六円であることが認められるから、前記農地法施行令二条一項の規定による第一土地の価額は一三四万七、八一七円と算定される。
なお、原告は、第一土地を公売に付した場合、水稲耕作者である原告の長男が買受人となることは疑いの余地がないから、右土地の価額の算定にあたり、農地法三四条の適用を考慮すべきでない旨主張するが、本件差押の時点において、第一土地を公売に付した場合に必ず原告の長男が買受人となることを被告が当然予測し得たと窺わせる特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用できない。
また、原告は、本件差押に付随して使用収益禁止処分がなされているとして、国税徴収法五二条一項本文により本件差押の効力の及ぶ財産の価額に第一土地から生産される米の価額が含まれるべきである旨主張するが、仮に原告主張のとおり使用収益の禁止処分がなされたとするならば、本件差押のなされた時期に鑑み、その後原告が使用収益の禁止処分を無視し耕作をするなら格別、耕作を始めない以上第一土地から米の収穫はあり得ないはずであるから、本件差押の効力の及ぶ財産の価額に右土地から通常生産される米の価額を含ませることは相当でなく、原告の右主張も失当である。
3、そうすると、超過差押の判断の基準となるべき原告の滞納金額が仮に前示のとおり三八万七、八六〇円であるとしても、第一土地の価額を以上判示のとおり一三四万七、八一七円とみて差押の対象とすることが不合理ではなく、また一筆の土地に対する差押は不可分にする外はないから、両者の金額を比較する限り、右程度の金額差があつても、そのことだけを捉えて超過差押として本件差押取消の事由になるものと解すべきではない。
4、ところで、原告は、超過差押の内容として、差押財産の選択の誤まりを主張しているので、その点について検討しよう。
原告が第一土地のほかに第二土地を所有していることは当事者間に争いがないが、成立に争いのない乙第二号証によれば、第二土地の固定資産税の評価額は五三万二、〇三〇円であることが認められるうえ、第一土地と第二土地の地番が近接しいることその他弁論の全趣旨により両土地は近傍類似の土地であると窺われるところ、第二土地は第一土地より一ヘクタール余り面積が狭いから、農地法三四条一項所定の買受人がない場合における国の買い取り価額は、第一土地のそれよりはるかに少額であると認められるのに対し、成立に争いのない甲第一四号証によれば、第二土地には別表記載の徴収金の納期限前である昭和三九年一二月九日根抵当権者中富良野農業協同組合、債務者原告、元本極度額一八〇万円とする根抵当権設定登記がなされ、次いで昭和四四年一二月八日右根抵当権の元本極度額を六三〇万円に変更する根抵当権変更登記がなされていることが認められる。
そうすると、本件差押当時、第二土地には元本極度額を六三〇万円とする第三者の根抵当権が設定されており、そのうち元本極度額一八〇万円については本件差押に係る租税債権に優先するうえ、国税徴収法四九条が、徴収職員(吏員)は滞納者の財産を差押えるに当つては、滞納処分の執行に支障がない限り、その財産につき第三者が有する権利を害さないように努めなければならない旨規定している趣旨および第三者の権利の目的となつている財産の差押換につき規定している同法五〇条の趣旨ならびに第二土地の前示価額に鑑みれば、被告が第二土地を差押えることなく第一土地を差押えたことには相当な理由があり、そのことを捉えて、本件差押が差押財産の選択を誤まつて本件差押に係る滞納金を徴収するために必要な財産以外の財産を差押えた国税徴収法四八条一項に違反する超過差押であるとは認め難い。
また、成立に争いのない甲第一二号証および同第一三号証によれば、原告が富良野信用金庫に対し七二万五、八八五円の定期預金債権および出資額一〇万円の持分を、中富良野農業協同組合に対し出資額二二万五、〇〇〇円の持分をそれぞれ有していることが認められるが、本件差押当時被告がそのことを知つていたと認めるに足りる証拠はなく、一方国税徴収法一四一条は、徴収職員(吏員)の滞納者等に対する財産調査権につき規定しているものの、徴収職員(吏員)の財産調査義務を定めた規定は、同法および地方税法上存しないから、徴収吏員としては、滞納者の全財産中、差押当時その存在が判明している財産の中から適宜の財産を差押えれば足りると解すべきである。
したがつて、被告が前記定期預金債権および持分を差押えずに本件第一土地を差押えたことは、何等違法でない。
ちなみに、定期預金債権の差押は、債務者により相殺をもつて対抗される危険が通常存するから、その実効性は不動産の差押に比してはるかに乏しく、また前記持分の価額は原告の滞納金額に満たないうえ、その換価は容易でないから、仮に被告が本件差押当時、前記定期預金債権および持分の存在を知つていたとしても、差押財産として本件第一土地を選択したことに違法は認め難い。
5、以上のように原告の超過差押に関する主張はすべて理由がない。
(三) 滞納金の弁済供託による消滅について
原告は、本件差押に係る滞納金が本件差押後に弁済供託により消滅したことを本件差押の取消事由として主張するが、およそ行政行為の取消は、有効に成立した行政行為の効力を、その行政行為の成立時における瑕疵を理由として消滅させるものであるのに対し、原告の右主張は、本件差押後に発生した新たな事情を取消事由として主張するものであるから、主張自体失当である。
なお、原告の右主張は、被告に対し本件差押の解除(ただし、その性質は行政行為の徹回である。)を求める事由となり得る(国税徴収法七九条一項一号参照)うえ、仮に訴訟においてそれを求めるとすれば、講学上いわゆる行政庁に対する義務づけ訴訟になると解すべきところ、原告主張の弁済供託日は本訴提起日である昭和四五年四月九日より後であるうえ、原告は右主張にあわせて請求の趣旨の変更をしていないから、原告が本件訴訟において被告に対し、本件差押の解除をも併せ訴求しているとは解し難い。
三、次に本件使用収益禁止処分の有無とその効力について検討する。
(一) 被告は、本件差押書をもつて第一土地に対する原告の使用および収益を禁止する処分をしたことを否認し、証人鈴木利明は、被告に右処分をする意思がなく、被告は第一土地について使用を禁止するための繩張り等の事実行為を行なつていない旨証言しているが、成立に争いのない甲第一号証および同証人の証言によれば、本件差押に際し、被告が原告に送達した本件差押書には、別表記載の徴収金の徴収のために第一土地を差押える旨の文言と、次行に括弧書で、「上記財産の使用収益(運行・航行)を禁止します。」という文言がいずれも不動文字で記載され、さらにその次行に括弧書きで、「根拠法令国税徴収法六八条、七〇条、七二条、同法施行令三〇条、三二条」と不動文字で記載されていることが認められる。
ところで、行政行為が存在するか否かは、行政庁の具体的行為について、権限ある行政庁または裁判所が公の権威をもつてそれを取消し、あるいは無効の確認をしてその存在を否定するのでなければ、相手方である国民を拘束する力のある行政行為が存在すると通常人をして信じさせるに足りるだけの外観上の表象をそれが具えているか否かによつて判断するのが相当であると解すべきところ、前認定のとおり、本件差押書にはたとえ括弧書であるにせよ差押財産の使用収益を禁止する旨の記載があること、本来差押不動産の使用収益を制限する処分は国税徴収法六九条一項但し書所定の要件のもとに当該差押に付随して適法になし得る処分であること、本件差押書記載の根拠法令には、使用収益制限処分の根拠規定である同法六九条一項但し書は掲げられていないが、不動産の差押書について、差押および使用収益制限処分の根拠規定の記載が法令上必要的記載事項とされていない(同法六八条、同法施行令三〇条一項参照)うえ、本件差押書記載の根拠法令中に不動産、船舶または航空機の差押根拠規定と並んで、法律上差押財産の使用収益の制限の余地がない特許権等の差押の根拠規定である同法七二条が掲げられていることから、本件差押書における根拠法令の記載は、単に差押そのものの根拠規定を掲げる趣旨に過ぎないと解されること、本来差押不動産の使用収益禁止処分の性質は不作為命令であるから、右処分は、使用を妨げる繩張等の事実行為をまたずに不作為命令の送達によつて完了すること、以上の諸点を総合して判断すれば、被告が本件差押書を原告に送達した行為は、本件差押に付随して第一土地の使用および収益を禁止する処分がなされたと通常人をして信じさせるに足りるだけの外観上の表象を具えているといわざるを得ない。
したがつて、たとえ被告にその意思がないとしても、被告は原告に対し、本件差押にともない第一土地の使用および収益を禁止する処分をしたものと認めざるを得ない。
(二) 次に、本件使用収益禁止処分の効力について検討しよう。
前示のとおり地方税法三三一条六項、四一条一項、三七三条七項、四五九条六項、七二八条七項の各規定により本件差押について適用のある国税徴収法六九条一項但し書によれば、差押不動産の使用または収益を制限する処分は、不動産の価値が著しく減耗する行為がされると認められるときに限りなし得る旨規定されているが、本件の全証拠を検討するも、本件差押当時、第一土地について、原告の使用および収益を禁止しなければ、右土地の価値が著しく減耗する行為がなされると客観的に認められる事情が存在したことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、本件使用収益禁止処分について、国税徴収法六九条一項但し書所定の差押不動産の使用収益の制限をなし得る要件が認められないから、右処分は違法であつて、取消を免れない。
四、結論
以上の理由により、原告の本訴請求のうち、本件差押処分の取消を求める部分は理由がないから棄却し、本件使用収益禁止処分の取消を求める部分は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 志水義文 上野茂 横山匡輝)
(別紙目録省略)
(別表省略)